余裕のなさが他者の自由を奪う
仕事が忙しくて、家のことが何もできない。
そんなとき、つい「これやっておいて」と、家族に頼んでしまうことはないでしょうか。
「自分が忙しいんだから仕方ない」
そう考えてしまうことは、誰にでもあると思います。
余裕がないとき、私たちは無意識のうちに、他者をコントロールしようとしてしまいます。
相手の時間を奪い、相手の予定を変えさせ、相手に自分の都合を押し付けてしまいがちです。
余裕がない人ほど、家族やパートナーに対して、細かな指示を出したり、予定を変更させようとしたりすることが多い気がします。
でも、それは決して相手のためにはならないですよね。
それは、「自分が不自由だから、相手も不自由になってほしい」という無意識の願望かもしれません。
あるいは、「自分だけが忙しいのは不公平だ」という気持ちから来ているのかもしれません。
「仕事が忙しい。だから、家のことは誰かに任せたい」
それ自体は悪いことではないです。
ただ、そのときに相手の都合を無視して、自分の都合だけを押し付けてしまうと、それは「お願い」ではなく「操作」になってしまうんですよね。
「今日の夕飯、作っておいてね」
このように伝えてしまうと、相手は従うか反論するかしかできません。
一方で、
「今日の夕飯、作っておいてもらえる?」
このように伝えると、相手に決定権を委ねることができます。
言葉の違いは些細なものかもしれません。
でも、その裏にある気持ちはまったく違います。
自分に余裕がなければ、他者に優しくすることはできません。
自分が自由でなければ、他者の自由を尊重することはできません。
だからこそ、まずは自分を大切にすることが必要なんですよね。
仕事が忙しすぎるなら、働き方を見直す。
時間がないなら、何かをやめてみる。
余裕がないなら、自分の負担を減らす。
自分を大切にすることは、決して自己中心的なことではないです。
むしろ、他者を大切にするための第一歩だと思います。
あなたは最近、頼み事をしたとき、どんな言葉を使っていましたか?
もし「やっておいてね」と言っていたなら、少しだけ立ち止まって考えてみてください。
それは本当に「お願い」でしょうか?
それとも「操作」になってしまっていないでしょうか?
自分が自由であること——。
それが、他者を尊重するための最初の一歩なのかもしれません。