エッセイ

「ミニマリスト」になりたいわけじゃない

Shunsuke

「ミニマリスト」という言葉、よく見かけますよね。

私は普通の人と比べれば、物が少ないほうです。
必要なものだけを置いて暮らすほうが落ち着きます。

それなら自分もミニマリストなのかというと、そう呼ばれることには少しだけ違和感があります。
やっていることは近いはずなのに、その言葉を自分に当てはめようとすると引っかかります。

おそらく、私が求めているのが「ミニマリストという生き方」ではなく「シンプルな生活」だからだと思います。

似ているようでこの2つは少し違うと思うんですよね。
物を減らすこと自体が目的になると、そこに別の重さが生まれる気がします。

減らした暮らしを誰かに見せたくなる瞬間。
「ここまで手放せる自分」を誰かに知ってほしくなる瞬間。

そうなると、身軽になるための片づけが承認を得るための片づけに変わってしまいます。

もちろん、ミニマリストと呼ばれる人がみんなそうだと言いたいわけではありません。

物が少ないほうが暮らしやすいから減らしている。

それだけの人のほうがきっと多いはずです。

物を減らすこと自体が目的になっているかどうかは自分にしかわかりません。

「物を捨てること」と「生活をシンプルにすること」は重なっているようでまったく別の行為です。
物を捨てることはあくまで手段のひとつです。

順番を間違えると、いつのまにか「どれだけ物を持たないか」で自分を測るようになってしまいます。

それは物を持ちすぎている状態と実はそれほど変わりません。
どちらも「何かを持っているかどうか」で自分の価値を測っているからです。

シンプルな生活が身についている人はきっと「物が少ないこと」を誰かに気づいてもらう必要がないのだと思います。
自分の暮らしが心地よければ、それだけで十分だからです。

だから、物を減らすとき一度だけ自分に聞いてみたいことがあります。

この片づけは自分の生活を心地よくするためのものだろうか。
それとも、誰かに見せるためのものになっていないだろうか。

その答えによって同じ「片づけ」でも意味は大きく変わってきます。

私がしたいのは物を捨てることではありません。
生活をシンプルにすることです。

その違いを忘れずにいたいと思います。

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ABOUT ME
Shunsuke
Shunsuke
エンジニア / 心理カウンセラー / 起業家
ひとりの未熟な人間として、現時点での思考を静かに書き残しています。
正しさよりも、気づきや安心を大切にしたい。
誰かの心が少しでもやわらぐ言葉を残せたらと思っています。

尊敬する人物はチャーリー・マンガーとウォーレン・バフェット。
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