「隓れた期待」を手放す
Shunsuke
心の落書き帳
信号の「青」って、どう見ても緑ですよね。
でも、みんな当たり前のように「青」と呼びます。
そんなとき「他の人の青は自分が見ている青と同じ色なのかな」と思うことがあります。
猫は世界が白黒に見えていると言われます。
その話を聞くと「同じ人間同士でも本当に同じように見えているのかな」とまで思えてきます。
私たちは「赤」と言われればリンゴの色だとわかるし、「黄色」と言われればバナナの色だとわかります。
でも、あなたの見ている「赤」と私の見ている「赤」が本当に同じ色なのかはわかりません。
あなたの見ている「赤」は私にとっての「バナナの色」ということだってあり得るのに、お互い「赤」という同じ言葉を使っているだけかもしれません。
でも、この話は誰にも証明できないですよね。
自分の見ている世界が誰かと同じかどうか、確かめる方法はどこにもないからです。
こんな話をすると「変なやつだ」と思われることは間違いないので、あまり口に出すことはありませんでした。
でも、思い切って話してみると、意外とわかってくれる人がいるんですよね。
哲学というのはこういうところから始まるのかもしれません。
この話を投稿するにあたって、改めて「同じようなこと考えている人いないかな」と思って調べてみたら、
同じことを考えていた人がいて、その考えに名前までついていました。
これは「逆転クオリア」というそうです。
300年以上前、ジョン・ロックという哲学者がこの問いを書き残していました。
しかも、いまだに答えは出ていないらしいです。
変なやつだと思われそうで言えなかったことを何百年も前の偉大な人が真剣に考えていた。
それを知れただけで、文章にした甲斐がありました。