肩書きの外にいる自分
あなたは普段、自己紹介をするとき、何を最初に伝えますか?
「〇〇会社の△△です」
「エンジニアをしています」
「営業部の部長をしています」
おそらく、名前よりも先に「肩書き」を伝えることが多いのではないでしょうか。
それくらい、私たちは肩書きと自分自身を結びつけて生きています。
以前、こんな言葉を耳にしました。
「外に出たら社長かもしれませんが、家に帰れば妻の夫であり、両親の子であり、兄の弟です」
この言葉が、妙に心に残ったんですよね。
考えてみれば当然のことです。
でも、普段の生活の中では、つい忘れてしまいがちなことでもあります。
仕事での肩書きが大きくなるほど、その肩書きが「自分そのもの」になってしまう。
役職や実績が、自分の価値を証明しているような気がしてしまう。
でも、家に帰れば、そんな肩書きは何の意味も持ちません。
パートナーにとっては、ただ一緒にいてくれる人。
親にとっては、いくつになっても心配な子ども。
兄弟にとっては、昔から変わらない存在。
そこには肩書きも、役職も、実績もない。
ただ「あなた」がいるだけです。
私たちはつい、社会的な評価で自分の価値を測ろうとしてしまいます。
昇進したら嬉しい。
プロジェクトが成功したら誇らしい。
周りから認められたら安心する。
もちろん、それは自然なことです。
でも、そうした評価がなくなったとき、自分には何が残るのでしょうか。
仕事の肩書きを全部取り払ったとき、あなたはどんな人ですか?
この問いに向き合うのは、怖いと感じる人もいると思います。
肩書きがなくなったら、自分の価値も消えてしまうんじゃないかと感じる人もいると思います。
でも、きっとそうではないんですよね。
肩書きの外にいる自分こそが、本当の自分なのかもしれません。
誰かの大切な人であること。
誰かにとって、かけがえのない存在であること。
それは、どんな肩書きよりも揺るがないものだと思います。
肩書きは、状況によって変わります。
転職すれば変わるし、退職すればなくなります。
でも、「誰かの家族であること」「誰かの友人であること」は、そう簡単には変わりません。
社会的な成功を追い求めることは悪いことではありません。
ただ、そればかりに目を向けていると、もっと大切なものを見落としてしまうかもしれません。
肩書きの外にいる自分を、ときどき思い出してみる。
それだけで、日々の過ごし方が少し変わるような気がします。
仕事で疲れた日は、肩書きを玄関に置いて帰ってみてください。
きっと、そのほうが穏やかな夜を過ごせると思います。
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でも、この二つの言葉には、少しだけ違いがある気がします。楽観と慎重さのあいだ
「ポジティブに考えよう」
そんな言葉を聞くたびに、少しだけ引っかかることがあります。
ポジティブであること自体は、悪いことではないと思います。
前向きな気持ちが、行動を後押ししてくれることもありますし、暗い気持ちのまま過ごすよりもずっと健やかだとは思います。
