「もう考えられない」となるくらい頭を使ってから寝たい

体をたくさん動かした日は、布団に入った瞬間に眠ってしまうことがありますよね。

泳いだ日や、一日中歩き回った日。
体は重いのに、気持ちはどこか軽くて、眠りに落ちるまでがあっという間です。

一方で、デスクワークだけの日はどうでしょうか。

体はほとんど動かしていないのに、ぐったりと疲れている。
それなのに、ベッドに入ると考えごとが止まらなくて、なかなか眠れない。

同じ「疲れた」のはずなのに、全然違いますよね。

私は最近、「もう考えられない」となるくらい頭を使ってから寝たい、と思うようになりました。

体の「使い切った」は、わかりやすいです。
階段で足が上がらなくなったり、腕に力が入らなくなったり、限界がはっきりと教えてくれます。

でも、頭の「使い切った」を感じる日は、意外と少ない気がします。

一日中忙しくしていたはずなのに、寝る前になっても頭はまだ動いている。

「あれはどうしよう」
「これも返さなきゃ」
「あの一言はまずかったかな」

途中まで考えていたことが、頭の中にいくつも並んでいる。
だから、休もうと思っても勝手に切り替わり続けてしまう。

たくさん考えて疲れたはずなのに、どれも考え「終えて」はいないんですよね。
頭に残っているのは、考えた量ではなくて、考えかけのものの数なのかもしれません。

一方で、ひとつのことを考え抜いた日はどうでしょうか。

夢中で手を動かして、ああでもないこうでもないと向き合って、「今日はもうこれ以上考えられない」というところまでいった日。

そういう日は、不思議なくらいすっと眠れます。
頭の中に、続きを考える力が残っていないからだと思います。

頭も、体と同じように「使い切る」ことができる。
そして使い切ったときには、体と同じように、心地よく休むことができる。

そう考えると、眠れない夜の正体が、少し違って見えてきます。

考えごとが止まらないのは、頭が疲れすぎているからではなくて、まだ使い切れていないからなのかもしれません。

もちろん、毎日「もう考えられない」まで頭を使うのは難しいと思います。
仕事は細切れですし、考えごとの多くは、自分のペースで考えさせてもらえません。

でも、たとえばひとつだけでも、「考え終える」ことはできる気がします。

途中で放り出したままの考えごとを、どれかひとつ選んで、出せる結論まで出してしまう。
結論が出ないなら、「今は決められない」と決めてしまう。

それだけでも、眠りに落ちるまでの時間が、少しだけ静かになるのではないでしょうか。

「もう考えられない状態」まで頭を使った日の眠りは、きっと、体を使い切った日の眠りと同じはずです。

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