「怒り」を手放す

「なぜわかってくれないのか」

以前の私は、そんな怒りを感じることがありました。

怒りを向けていたのは、常に頑張りすぎてしまって自分のことを顧みない人でした。

もっと自分を大切にしてほしい。
それなのに、どうしてわかってくれないんだろう。

相手のためを思っているはずなのに、気持ちはいつのまにか怒りに変わっていました。

そんなとき、気持ちを紛らわすために本田健さんの『スイス人銀行家の教え』を読んでいました。
何かに夢中になっていると、嫌なことは忘れられますよね。

その中に、こんな一節がありました。

心配するというのは、未来や他人への呪いでもあるのだよ。友人の先行きについて心配するのは、彼らのことを考えてではない。悪くなってほしくないという望みの下に、悪くなってほしいという願いもあるのだよ。そうすると君は、よりその人にとって、大切な人間になれるからね
——本田健『スイス人銀行家の教え』

この言葉を読んで、相手の大切な人になりたいから怒りを感じていたのだと気づきました。
相手のためだと思っていた怒りは、実は自分のための怒りでした。

怒りは「第二感情」と呼ばれ、その奥には別の感情が潜んでいるといわれます。

私の場合、それは「相手にとって大切な人でありたい」という気持ちでした。
悲しさや寂しさもあったのかもしれません。

偶然出会った言葉でしたが、この一節でスッと気持ちが楽になりました。

それから、怒りを感じることはほとんどなくなりました。

怒りを手放してみると、自分と相手の境界線がはっきりしたように感じます。
誰に対しても、余計な口出しをしなくなった気がします。

「その代わりに、必要とされたら協力しよう」

今はそう思えるようになりました。

怒りを手放すと、嫌なことそのものが減るのかもしれません。

もし今誰かに「なぜわかってくれないのか」と感じているなら。

その怒りの奥を少しだけのぞいてみてください。
その怒りを手放せるかもしれません。

ちなみに、過去に「隠れた期待」も手放していました。

「隠れた期待」を手放す「隠れた期待」を手放すについて考察したエッセイです。Notes記事を読む →

関連する内容なのでよければ読んでみてください。


この投稿は、「第4回 みんなのよりみち|手放したこと」への参加記事です。

Rondでは、メンバーそれぞれが自分の言葉で考え、外にひらいていく取り組みを行っています。

「みんなのよりみち」は、プロジェクトメンバーが自由にテーマを決め、参加者のみなさんと一緒に考えたり、書いたり、話したりする企画です。

今回は、「手放したこと」をテーマに、手放したものと、そのあとに見えてきたものについて考えます。

HP: https://rond.co.jp

#みんなのよりみち

次に読む

  1. 「一緒に働きたい」と思ってくれる人と働く

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  2. 取扱説明書はもう書いていた

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    「朝はエンジンがかかるまで時間がかかる」
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  3. 願い事をしない神社通い

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    そう聞かれたら、あなたはどう答えますか?

    いきなり聞かれると、少し身構えてしまいますよね。
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