「会いたいから会う」を取り戻す

子どもの頃はよく「今日、公園で遊ぼう!」と友人に連絡したものです。
放課後になれば、理由なんてなくても、ただ「会いたいから」集まっていました。

でも、大人になると何か理由がないと誰かに会えなくなってしまっています。

多くの場合、それは食事だったりお茶だったり——。
「久しぶりだからご飯でも」「ちょっとお茶しない?」という具合に、必ず何かしらの"名目"が必要になってきます。

子どもの頃は純粋に「会いたいから」「一緒に遊びたいから」会っていたのに、今は「会うために」食事をしたり、お茶したりしています。

たしかに大人が「会いたいから公園で会おう!」なんて言ったら少し不自然に聞こえるかもしれません。
でも、なぜ不自然と感じるかははっきりとはわかりません。

もしかすると、大人には「目的のない行動」が許されにくいという空気があるからかもしれません。
効率や生産性が求められる社会では、「ただ会う」だけでは何となく物足りない、無駄なように思えてしまうのかもしれません。

あるいは、通信技術が発展したため、会う必要性そのものが低くなっているのかもしれません。
SNSやメッセージアプリで日常的に繋がってるから、わざわざ時間をかけて会わなくてもいい——そんな感覚が生まれているのでしょうか。

食事やお茶は確かにそれ自体が楽しいですし、会話のきっかけにもなります。
でも、本当は「会いたい」という気持ちだけで十分なはずなんですよね。

大切なのは「何をするか」ではなく、「誰と過ごすか」ではないでしょうか。

「会いたいから会おう」
「話したいから話そう」

そう素直に言える関係性を、大人になった今こそ、大切にしたいと思います。

もし、今あなたが「久しぶりに会いたいな」と思う人がいるなら、食事の予定を立てる前に、まずはその「会いたい」という気持ちを素直に伝えてみてください。

公園で会う必要はないし、まずは電話だけでもいいと思います。
その一言が、新しい繋がりの第一歩になるかもしれません。

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  1. 「自分の嫌い」は「誰かの好き」?

    営業の仕事、細かい事務作業、人前で話すこと、複雑な計算、早起き——
    自分にとっては苦手なことを、楽しそうにイキイキとやっている人がいる。

    そんな光景を目にすると、心から尊敬する気持ちになると同時に、「自分はこのままで良いのかな?」と考えてしまうこともありますよね。
    でも、実はこれって当たり前のことなんですよね。

    私たちは一人ひとり違う人間で、好きなことも嫌いなことも違います。
    だからこそ、自分が苦手なことを得意とする人がいて、自分が得意なことを苦手とする人もいます。

  2. 余裕のなさが他者の自由を奪う

    仕事が忙しくて、家のことが何もできない。
    そんなとき、つい「これやっておいて」と、家族に頼んでしまうことはないでしょうか。

    「自分が忙しいんだから仕方ない」
    そう考えてしまうことは、誰にでもあると思います。

    余裕がないとき、私たちは無意識のうちに、他者をコントロールしようとしてしまいます。
    相手の時間を奪い、相手の予定を変えさせ、相手に自分の都合を押し付けてしまいがちです。

  3. 余計なことを言わない勇気

    「悩みを相談したら、アドバイスばかりされて逆に疲れた」
    そんな経験、誰にでもあるのではないでしょうか?

    「こうしたらどう?」「あれはやってみた?」と、次々とアドバイスを並べ立てられる。
    本当はただ話を聞いてほしかっただけなのに——。

    でも、逆の立場で考えてみると、どうでしょうか。
    「同じことをしてしまっている」と感じた方も多いのではないでしょうか?