「ミニマリスト」になりたいわけじゃない

「ミニマリスト」という言葉、よく見かけますよね。

私は普通の人と比べれば、物が少ないほうです。
必要なものだけを置いて暮らすほうが落ち着きます。

それなら自分もミニマリストなのかというと、そう呼ばれることには少しだけ違和感があります。
やっていることは近いはずなのに、その言葉を自分に当てはめようとすると引っかかります。

おそらく、私が求めているのが「ミニマリストという生き方」ではなく「シンプルな生活」だからだと思います。

似ているようでこの2つは少し違うと思うんですよね。
物を減らすこと自体が目的になると、そこに別の重さが生まれる気がします。

減らした暮らしを誰かに見せたくなる瞬間。
「ここまで手放せる自分」を誰かに知ってほしくなる瞬間。

そうなると、身軽になるための片づけが承認を得るための片づけに変わってしまいます。

もちろん、ミニマリストと呼ばれる人がみんなそうだと言いたいわけではありません。

物が少ないほうが暮らしやすいから減らしている。

それだけの人のほうがきっと多いはずです。

物を減らすこと自体が目的になっているかどうかは自分にしかわかりません。

「物を捨てること」と「生活をシンプルにすること」は重なっているようでまったく別の行為です。
物を捨てることはあくまで手段のひとつです。

順番を間違えると、いつのまにか「どれだけ物を持たないか」で自分を測るようになってしまいます。

それは物を持ちすぎている状態と実はそれほど変わりません。
どちらも「何かを持っているかどうか」で自分の価値を測っているからです。

シンプルな生活が身についている人はきっと「物が少ないこと」を誰かに気づいてもらう必要がないのだと思います。
自分の暮らしが心地よければ、それだけで十分だからです。

だから、物を減らすとき一度だけ自分に聞いてみたいことがあります。

この片づけは自分の生活を心地よくするためのものだろうか。
それとも、誰かに見せるためのものになっていないだろうか。

その答えによって同じ「片づけ」でも意味は大きく変わってきます。

私がしたいのは物を捨てることではありません。
生活をシンプルにすることです。

その違いを忘れずにいたいと思います。

関連記事

次に読む

  1. コーラで乾杯

    私はコーラが好きです。

    中でも最高なのがシャワーを浴びた後、「これから夕食だ」ってときに飲むコーラです。

    シャワーを浴びて、冷蔵庫からコーラを出して飲む。
    ただそれだけのことですが、これがなかなか良いんですよね。

  2. 不満を行動に変える

    電車が遅れた。
    天気が悪い。
    思っていたのと違う対応をされた。

    こういうとき、つい不満を口にしたくなりますよね。
    不満を言うこと自体は、悪いことではないと思います。
    感じたことを感じたまま口にするのは、ごく自然なことです。

    ただ、不満を言ったあとに何も変わっていないなら、それは自分を不幸にしているだけです。

  3. 自分を食べ物に例えるなら、バウムクーヘン

    「自分を食べ物に例えるなら何だと思う?」

    そんな質問をされたら、あなたは何を思い浮かべますか?

    こういうのは好きという気持ちから始めていいと思うんですよね。
    理由はあとから考えればいい。