見ているだけでは見えないもの
元気がない人がいたとき、あなたはどんな声をかけますか?
「元気ないですね」と声をかける人がいます。
「嫌なことでもありましたか?」と声をかける人もいます。
どちらも相手を気にかけていることに変わりはありません。
でも、この二つの言葉には、少しだけ違いがある気がします。
「元気ないですね」は、目の前に見えているものをそのまま言葉にしています。
- 表情が暗い
- 声が小さい
- いつもと様子が違う
そうした変化に気づけること自体、とても素敵なことです。
一方、「嫌なことでもありましたか?」は、見えているものの奥にあるものを想像しています。
「なぜ元気がないのか」「何があったのか」を、相手の立場に立って考えようとしている。
前者は「観察力」、後者は「洞察力」と言えるかもしれません。
観察力は、物事をよく見る力。
洞察力は、見えないものを想像する力。
観察がなければ、洞察は生まれません。
でも、観察だけでは届かないものがあるのも事実です。
たとえば、いつも明るい人が急に静かになったとき。
「今日は静かだな」と気づくのが観察力だとすれば、
「何か抱えているのかもしれない」と思いを巡らせるのが洞察力です。
そして、洞察力のある言葉は、相手の心に届きやすい気がします。
相手の表面だけでなく、その奥にある気持ちに目を向けること。
それは、特別な能力ではなく、ちょっとした意識の違いだと思います。
「この人は今、何を感じているんだろう?」
そう考える癖をつけるだけで、人との関わり方が少し変わるかもしれません。
もちろん、想像が正しいとは限りません。
的外れなこともあると思います。
でも、「あなたのことを理解しようとしています」という姿勢そのものが、相手にとっては嬉しいのではないでしょうか。
見ているだけでは見えないものがある。
でも、想像しようとすれば、少しだけ見えるものがある。
その「少し」が、誰かの心を軽くするかもしれません。