コミュニケーション術を頑張るほど疲れるのはなぜ?|テクニックより大切なたった1つのこと
「まずはお礼を言いましょう」
「相手の話をオウム返ししましょう」
「共感のあいづちを打ちましょう」
コミュニケーション術の本やネット記事には、こうしたテクニックがたくさん並んでいます。
試してみたことがある方も多いのではないでしょうか。
でも、テクニックを意識すればするほど、なぜか会話がぎこちなくなる。
頑張っているのに、以前より疲れる。
もしそう感じているなら、それはあなたの努力が足りないからではありません。
この記事では、コミュニケーション術を学ぶほど疲れてしまう理由と、テクニックに頼らなくても人とつながれるたった1つの考え方についてお話しします。
コミュニケーション術を学ぶほど疲れる理由とは?
テクニックを学ぶこと自体は、悪いことではありません。
でも、テクニックを「意識して使う」ようになった瞬間、会話の性質が変わってしまいます。
本来、会話は自然なやりとりです。
相手の言葉に反応して、自分の気持ちが動いて、それを言葉にする。
ところが、テクニックを意識すると、この流れが変わります。
- 相手の言葉を聞く
- 「ここでオウム返しをしなきゃ」と考える
- テクニック通りに返す
こうなると、会話が「正解を出すテスト」のようになってしまいます。
「ちゃんとできたかな」
「今の返し方は合っていたかな」
そんなことを考えながら話していたら、疲れるのは当然です。
しかも、テクニックを知れば知るほど、「正解」の数が増えていきます。
- 相手の名前を会話に入れる
- ミラーリングで親近感を出す
- 質問は「オープンクエスチョン」にする
やるべきことが増えるほど、会話中に考えることも増えます。
本来は相手の話に集中したいのに、頭の中はテクニックのチェックリストでいっぱいになってしまいます。
これでは、楽しむどころか、仕事をしているのと変わりません。
精神科医の藤野智哉さんは、こう述べています。
相手を満足させるためには、しゃべる練習より、よけいなことをしゃべらない練習のほうが100倍大事だったりします。
テクニックを「足す」ことばかり考えていると、本当に大切なことを見落としてしまうのかもしれません。
「好かれたい」という気持ちが強すぎて疲れている方は、こちらの記事も参考になるかもしれません。
→ 「好かれたい」が疲れる理由と対処法|自分を見失わずに人間関係を築く方法
テクニックを使っていることは、相手に伝わっている?
テクニックを意識して会話している人は、意外と周りにわかります。
特にチャットやメッセージでは顕著です。
- 毎回同じような褒め言葉
- いつも同じパターンの返し方
- 相手の気分を良くするための表面的な言葉
会話には「感情」が大きく絡みます。
だからこそ、マニュアル通りにパターン化しようとすると、どうしても不自然になります。
機械に返事をされているような、型にはまった印象を与えてしまいます。
そして厄介なのは、「バレているかもしれない」という不安が、さらにテクニックへの依存を強めてしまうことです。
「もっと上手にやらなきゃ」
「もっと自然に見せなきゃ」
こうして、テクニックを磨くことに終わりがなくなり、どんどん消耗していきます。
思い当たる方もいるのではないでしょうか。
たとえば:
職場の飲み会で「聞き上手」を意識して質問を続けているうちに、自分のほうがぐったりしてしまう。
LINEの返信で「ポジティブな言葉」を選ぼうとするあまり、たった一言に何分もかかる。
テクニックを使えば使うほど、会話のあとに残るのは充実感ではなく、疲労感です。
それは、テクニックが会話を「相手のために自分を消耗する作業」に変えてしまっているからだと思います。
テクニックより大切な「たった1つのこと」とは?
では、テクニックの代わりに何が大切なのか。
それは、「自分の中にあるものを、そのまま差し出すこと」だと思います。
エーリッヒ・フロムは『愛するということ』の中で、こう書いています。
人は他人に、物質ではなく何を与えるのか。それは自分自身、自分のいちばん大切なもの、自分の生命だ。これは別に、他人のために自分の生命を犠牲にするという意味ではない。そうではなく、自分のなかに息づいているものを与えるということである。自分の喜び、興味、理解、知識、ユーモア、悲しみなど、自分のなかに息づいているものすべてを与えるのだ。
テクニックは「外側の道具」です。
でも、人の心を動かすのは、その人の内側にあるものです。
たとえば:
テクニックを駆使して話している人と、好きな漫画やゲームのことを自分の言葉で楽しそうに話している人。
どちらに惹かれるかと聞かれたら、多くの人が後者を選ぶのではないでしょうか。
今人気のゲーム実況者たちも、おそらく「コミュニケーション術」を意識的に学んでいるわけではありません。
ただ「ゲームが好き」という気持ちを、そのまま声や表情で表しているだけです。
計算していないからこそ、見ている人に伝わります。
好きなことを話すとき、人は自然と自己開示をしています。
自分が何に心を動かされるのか、何をおもしろいと感じるのか。
それが伝わるから、相手も心を開きやすくなります。
堅苦しい勉強や仕事の話より、漫画やゲームの話のほうが盛り上がりやすいし、仲良くなりやすいのは、誰もが直感的にわかるはずです。
そこに「テクニック」は必要ありません。
ただ、自分が好きなものについて、素直に話すだけです。
フロムの言葉を借りるなら、「与える」ということの本質は、自分の中にあるものを差し出すことです。
テクニックという「外側の道具」を使って「上手に見せよう」とすることではありません。
テクニックで「上手に見せる」よりも、自分の中にあるものを素直に出すほうが、ずっと自然で、ずっと魅力的ではないでしょうか。
見栄を張ることに疲れた方は、こちらの記事も参考になるかもしれません。
→ 見栄を張るのに疲れたあなたへ|本当の自信を取り戻す方法
テクニックを手放すと、なぜ楽になるのか?
ここまで読んで、「じゃあ、今まで学んだことは無駄だったの?」と思うかもしれません。
そうではありません。
ただ、テクニックを「足す」方向ではなく、もっと根本的なことに目を向けてみてもいいのではないでしょうか。
フロムはこうも書いています。
わが国では、「男女交際のマニュアル」の類が氾濫している。(中略)たしかに、交際には技術がいる。だが、人を愛すること自体が技術なのだと考えている人はほとんどいないだろう。誰もが、交際の練習はしても、「愛の習練」を積もうなどとは考えない。
コミュニケーションの「やり方」を学ぶ人は多いけれど、「相手に関心を持つ力」を磨こうとする人は少ない。
でも、「相手を大切にしたい」という気持ちがあれば、お礼の言葉は自然と出てきます。
相手の話に興味があれば、うなずきも自然と生まれます。
「まずはお礼を言う」というのは、本来テクニックではなく、人として当たり前のことです。
聖書にある「己を愛するごとく、汝の隣人を愛せよ」という教えは、何千年も前に生まれたものですが、今もなお読み継がれています。
最新のコミュニケーション術の本は数年で忘れられるかもしれませんが、「相手を尊重する」「誠実に向き合う」という原則は、きっとこの先もずっと変わらないのではないでしょうか。
藤野智哉さんの言葉も、ここで響きます。
でも、好かれたい人に好かれる技術より、嫌われたい人に上手に嫌われる技術のほうが人生には重要な気がします。
テクニックで「好かれよう」とするのではなく、自分が大切にしたい人との関係に集中する。
それだけで、コミュニケーションはずっと楽になるのではないでしょうか。
もし今、コミュニケーション術を学ぶことに疲れているなら、少し立ち止まってみてください。
「もっと上手に話さなきゃ」ではなく、「自分は何が好きなんだろう」「この人のどこに興味があるんだろう」と考えてみる。
それだけで、会話の質は自然と変わっていくと思います。
テクニックを足すのではなく、自分の中にすでにあるものに気づくこと。
それが、テクニック疲れから抜け出す第一歩になるのかもしれません。
他人の評価に振り回されやすい方は、こちらの記事も参考になるかもしれません。
→ 他人の評価を気にしない生き方とは?「内なるスコアカード」で自分軸を見つける方法
まとめ:頑張らなくても、人とつながれる
- コミュニケーション術を学ぶほど疲れるのは、会話が「正解を出すテスト」になってしまうから
- テクニックを意識した会話は不自然になりやすく、相手にも伝わりやすい
- 大切なのは新しいスキルを足すことではなく、自分の中にあるものを素直に差し出すこと
- 好きなことを楽しそうに話すだけで、人は自然とつながれる
- 普遍的な「相手を尊重する」「誠実に向き合う」という原則が、いちばん長く使えるコミュニケーションの土台になる
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参考文献
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