エッセイ

鈴を転がすように笑う

Shunsuke

「鈴を転がすように笑う」

『鬼滅の刃』を読んでいたときに出てきた表現です。
ふと、その一行で目が止まってしまいました。

物語の中の何気ない描写ですが、その一文だけがやけに心に残りました。

「鈴を転がすように」というのは、たった8文字です。
それなのに、どうしてこんなに豊かに聴こえるのか、少し考えてみます。

笑い声を「鈴のような」と言うだけでも、なんとなくイメージはできます。
高くて、澄んでいて、きれいな音。
それはそれで素敵な表現だと思います。

でも「鈴を転がす」と言われた瞬間に、音にちょっとした動きが加わるんですよね。

ただ鳴っているのではなくて、コロコロと転がって、跳ねて、方向を変えていく。
そういう軽やかさが伝わるようになります。

笑い声というのは、本来は耳で聴くものですよね。
でも「転がす」という動詞がひとつ入るだけで、その笑い声が目にも見えるようになってきます。

弾むような声が、空気の中をどこかへ滑っていく感じ。
ひとつの音が、止まらずに次々と生まれて、消えていく感じ。

読んでいるはずなのに、なぜか聴こえてしまう。
聴いているはずなのに、なぜか見えてしまう。

そういう表現に出会うと、「やっぱり日本語っておもしろいな」と感じます。

「鈴を転がす」と書いた最初の人は、いったいどんな笑い声を聴いていたのでしょうか。

きっと、その人の前で誰かがふと笑った瞬間に、頭の中で鈴の音と、転がっていく小さな何かのイメージが重なったのだと思います。

そして、それを書き留めた。

そのときに生まれた一行が、何百年か知りませんが、誰かの手を通り、誰かの口を通り、巡り巡って『鬼滅の刃』にまで届いている。
そう考えると、少し不思議な気持ちになります。

言葉というのは、誰かが一度作ってしまえば、その後はずっと残り続けるのかもしれません。

私たちが普段、当たり前に使っている表現も、もとをたどればきっと誰かの「見たもの」「聴いたもの」「感じたもの」から生まれているはずです。

「胸が躍る」も、「目が泳ぐ」も、「口を結ぶ」も、誰かが最初に発見した表現ですよね。

そう思うと、日常で使う言葉のひとつひとつに、ちょっとした奥行きが感じられてきます。

「鈴を転がすように笑う」という一行が、なぜ素敵だと感じたのか。

それは、目の前に光景が浮かびやすいことだと思います。

鈴の音は、誰でもすぐに頭の中で呼び出せます。
ありふれているのに、聴くたびに少し心が動く音、という不思議な音です。

そして、転がるという動きも、誰でも頭の中に映せます。
丸いものが、軽やかに、止まらずに、進んでいく姿。

その2つを組み合わせるだけで、見たことも聴いたこともない誰かの笑い声が、なぜか頭の中で勝手に再生されてきますよね。

文章を読んでいるはずなのに、声が聴こえてくるというのは、ちょっとした魔法のようです。

そして、もうひとつ素敵だなと感じたのは、その表現に少しの「丁寧さ」が含まれていることです。

「ケラケラ笑う」でも「クスクス笑う」でも、笑い声を表現することはできます。
でも、それらは音をそのまま写し取った言葉です。

「鈴を転がすように笑う」は、そこに一歩立ち止まって、目の前の笑い声を別のものに喩えてみるという余裕があります。

ただ書くのではなく、観察して、似たものを探して、置き換えて書く。
そういう手間のかかった表現には、書き手の優しさのようなものが滲み出ている気がします。

その人の笑い声を、ちゃんと聴きたかったのだと思います。
そして、その声を、できるだけ美しい形で読み手に届けたかったのだと思います。

日本語には、こういう表現がたくさんありますよね。

「鈴を振るような声」
「玉を転がすような声」
「雪のように白い肌」
「火が消えたように静か」

どれも、誰かが目の前のものを、ちょっと立ち止まって観察した結果に生まれた言葉です。

そういう表現を、私たちは知らず知らずのうちに受け取って、生きています。

本を読んでいて、たまにこうした表現に出会うと、ほんの少しだけ世界が広がる気がします。
自分の知らない景色を、見たことのない笑い声を、誰かの言葉を借りて経験できるからかもしれません。

「鈴を転がすように笑う」

もし、そんなふうに笑う人と出会ったなら、きっと、その声をいつまでも覚えていることでしょう。

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ABOUT ME
Shunsuke
Shunsuke
エンジニア / 心理カウンセラー / 起業家
ひとりの未熟な人間として、現時点での思考を静かに書き残しています。
正しさよりも、気づきや安心を大切にしたい。
誰かの心が少しでもやわらぐ言葉を残せたらと思っています。

尊敬する人物はチャーリー・マンガーとウォーレン・バフェット。
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