知識ではなく、時間と経験を借りている

医師や弁護士、税理士といった専門家が持つ資格は、どれも片手間で取れるようなものではありません。
資格を取るまでにかけた時間も、積み重ねてきた経験も私とはまるで違います。

だからこそ、そういう分野の答えについては自分の考えを持たないほうがいいと思っています。
考えている量が違いすぎて、私にはそれ以上の判断はできないからです。

そもそも、自分の考えが正しいかどうかを判断する材料を十分には持っていないことのほうが多いと思います。

依頼すれば、その道のプロが責任を持って判断してくれます。
信頼できる専門家の方々にはできるだけ多くの報酬を支払いたいと思っています。
そして、できることなら長く付き合ってもらいたいとも思います。

これは例にあげた専門家の方々に限った話ではありません。
たとえば、私が苦手とする分野の仕事を引き受けてくれる人や、私が知らないことを教えてくれる人も同様です。

お金を払って知識を借りているというより、その人の時間と経験を借りている感覚に近いのかもしれません。

ただ、ひとりを盲信するのは危険だとも思っています。

どれだけ優秀な人でも、判断にはばらつきが生じるそうです。
『NOISE』という本では、それを「ノイズ」と呼んでいます。

同じ人が同じ情報を見ても、その日の気分や体調によって結論が変わってしまう。

たとえば、同じメールの文面でも、余裕のある日はなんとも思わないのに、疲れている日はきつい言い方に感じてしまう。
そんな経験はないでしょうか。

医療でも法律でも税務でも、同じことが起きていてもおかしくありません。
だからこそ、重要な判断ほど、ひとりの意見だけで決めてしまうのは危ういと思っています。

信頼している専門家がいたとしても、大きな決断をするときは複数人に判断を仰いだほうがいいはずです。
意見が一致すれば納得できますし、意見が分かれたときはより深く考えてから選択するきっかけになります。

専門家を信頼することと専門家を盲信することは似ているようでまったく違います。

任せられるところは任せる。
でも、最後に決めるのは自分自身でありたいと思っています。

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