自由と責任は釣り合っている
「もっと自由に働きたい」
そう思ったことはありませんか?
上司の指示に従うのではなく、自分の判断で動きたい。
決められた時間に出社するのではなく、自分のペースで働きたい。
多くの人が、そう思ったことがあるのではないでしょうか。
私も、そういった気持ちを抱いたことがあります。
でも、自由を手に入れるということは、同時に責任を引き受けるということでもあるんですよね。
たとえば、会社に勤めているとき、私たちは多くの制約の中で働いています。
出勤時間が決まっている。
業務内容が決まっている。
報告の仕方が決まっている。
窮屈に感じるかもしれませんが、その分、何か問題が起きたときに「自分ひとりですべてを背負う」ということは少ないですよね。
組織という枠組みの中で守られている部分もあるわけです。
一方で、フリーランスや経営者のように、自分の裁量で自由に動ける立場の人はどうでしょうか。
時間の使い方も、仕事の選び方も、すべて自分で決められます。
しかし、その分、結果に対する責任もすべて自分が負うことになります。
「〇〇があればできたのに」
「環境が整っていなかったから仕方ない」
自由を手にした人が、このような言い訳をするのは、少し違うのではないかと思います。
自由に選択できる立場にいるということは、環境を整えることも含めて自分の責任だからです。
これは仕事の話に限ったことではありません。
たとえば、「好きなことだけをして生きたい」という人がいます。
その気持ちはとてもよくわかります。
でも、好きなことだけをするということは、好きなことで生じた結果も引き受けるということです。
うまくいかなかったとき、誰かのせいにすることはできません。
それが、自由の代償です。
逆に考えると、責任を引き受ける覚悟があるからこそ、自由を手にすることができるとも言えます。
「自分で決めて、自分で責任を取る」
この覚悟がなければ、本当の意味での自由は手に入らないのかもしれません。
自由と責任は、天秤のようなものだと思います。
片方だけが大きくなることはなく、常に釣り合っている。
自由が大きくなれば、責任も大きくなる。
責任から逃げれば、自由も小さくなる。
だからこそ、自由を求めるのであれば、まず責任を引き受ける覚悟を持つことが大切なのではないでしょうか。
自由に憧れるのは、とても自然なことです。
でも、その自由を本当に手に入れたいなら、責任とセットであることを忘れないでいたいですね。
あなたが手にしたい自由は、どんな責任とつながっていますか?
その責任を引き受ける覚悟があるなら、きっとその自由は、あなたにとって本物になるはずです。
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