仕事で自分を見失うあなたへ|肩書きの外にいる「本当の自分」に気づく方法
「○○会社の△△です」
「営業部のマネージャーをしています」
「エンジニアをやっています」
自己紹介のとき、名前よりも先に「肩書き」を伝えますよね。
それくらい、私たちは肩書きと自分自身を自然に結びつけて生きています。
- 昇進すればうれしい
- プロジェクトが成功すれば誇らしい
- 周りから認められれば安心する
でも、もしその肩書きがなくなったとき、自分には何が残るのでしょうか。
この記事では、仕事の肩書きに自分の価値を重ねてしまう理由と、肩書きの外にいる「本当の自分」に気づくための考え方をお伝えします。
なぜ仕事の肩書きが「自分そのもの」になってしまうのか?
日本では、自己紹介するときに肩書きを名乗ることが当たり前になっています。
初対面の相手に「何をしている人ですか?」と聞かれたとき、趣味や性格ではなく、職業を答える人がほとんどではないでしょうか。
これ自体は自然なことです。
でも、この習慣を繰り返していくうちに、肩書きと自分の境界線が曖昧になっていきます。
「部長である自分」が評価されると、「自分自身」が認められたように感じる。
逆に、役職を外されたり、異動になったりすると、自分の価値まで下がったように感じてしまう。
肩書きが承認欲求を満たすツールになっているとき、こうした混同は起きやすくなります。
「あの人にすごいと思われたい」
「周りに認められたい」
そうした気持ちは誰にでもありますが、肩書きがその気持ちを満たしてくれると、ますます肩書きに依存していくことになります。
精神科医の藤野智哉さんは、こう語っています。
「あれができる、これができる」で塗り固めた自己肯定は簡単に崩れ落ちる。「あれもできない、これもできない、でもそんな自分でいい」。そう思えるようになりたいですね。
「できること」で積み上げた自信は、その「できること」がなくなった瞬間に崩れてしまいます。
肩書きも同じです。
肩書きで作った自己肯定感は、肩書きが変わるたびに揺らいでしまいます。
自己肯定感の土台を「できること」だけに頼らない方法については、こちらの記事で解説しています。
→ 自己肯定感を高める7つの方法|Doing・Being・Havingの3つの軸でバランスを整える
肩書きの外にいる自分に気づくには?
肩書きが自分のすべてになっていないか。
それに気づくための、シンプルな問いかけがあります。
仕事の話をしていないとき、どんな会話をしているか振り返る
友人や家族と過ごしているとき、仕事以外の話題がどれくらい出てくるか、振り返ってみてください。
もし仕事の話しかしていないと感じたら、それは肩書きが自分の大部分を占めているサインかもしれません。
休日に会う友人との会話が仕事の愚痴や近況報告ばかりになっていたり、パートナーとの会話が仕事の話題に偏っていたりするなら、少し立ち止まってみてもいいかもしれません。
肩書きなしで自己紹介するなら何を伝えるか考える
「○○会社の△△です」を封印したとき、自分をどう表現しますか?
すぐに答えが出なくても大丈夫です。
答えに詰まること自体が、大切な気づきになります。
- 猫が好きな人
- 週末はランニングしている人
- 読書が好きな人
どんな小さなことでも、肩書き以外の自分を言葉にしてみると、少し視界が広がるかもしれません。
家に帰ったとき、誰にとってのどんな存在か思い出す
- パートナーにとっては、ただ一緒にいてくれる人
- 親にとっては、いくつになっても心配な子ども
- 友人にとっては、昔から変わらない存在
そこには肩書きも、役職も関係ありません。
家族やパートナーは、あなたの肩書きではなく「あなた自身」と一緒にいます。
それは当たり前のようで、つい忘れてしまいがちなことです。
古代ギリシャの哲学者エピクテトスは、こんな言葉を残しています。
「君が得意になって『私は美しい馬を持っている』と言うなら、君は馬の善さで得意になっているだけなのだと理解しなさい」という言葉を残している。美しいのは「馬」なのであり、所有している「自分」だと勘違いしてはいけない、と伝えているのだ。
肩書きという「馬」の価値を、自分自身の価値だと混同してしまう。
これは2000年以上前から、人間が陥りやすい罠だったようです。
肩書きが消える場所をどうやって見つける?
では、どうすれば肩書きと自分の間に適度な距離を作れるのでしょうか。
ひとつのヒントは、「肩書きが消える場所」を意識的に持つことです。
心理学者の河合隼雄さんは、こう語っています。
遊びのよいところは、肩書が関係なくなるということですね。お父さんやお母さんのほうが、いつでも偉い、なんてことはない。
遊んでいるとき、子どもと接しているとき、趣味に没頭しているとき。
そういう場面では、部長もマネージャーも関係なくなります。
大人になると、子どものように無邪気に遊ぶ機会は減っていきます。
でも、河合さんが言うように、遊びの場では上下関係も肩書きも溶けてしまいます。
それは、「素の自分」に戻れる貴重な時間でもあります。
ドイツの社会に詳しいジャーナリストの熊谷徹さんも、休暇の意味についてこう述べています。
休暇の重要な目的の一つは、気分転換だ。会社以外の世界も存在すること、そして自分が会社員であるだけではなく、「人間」でもあることを、改めて認識する。
「会社員」という肩書きを脱いで、「人間」に戻る時間。
それは大げさなことではなく、日常の中に少しずつ作れるものだと思います。
- 仕事と関係のない友人と会う
- 名刺を持たずに出かける場を作る
- ひとりの時間をつくって、仕事以外のことに目を向ける
- 肩書きが関係ない趣味やコミュニティに参加する
こうした小さな工夫が、肩書きと自分の間に健全な隙間を作ってくれます。
ローマ皇帝マルクス・アウレリウスも、自らにこう戒めていました。
皇帝ぶることのないよう、内面まで外面の色に染まってしまわないように注意すること。そういうことは、じっさいによくありがちだからだ。
「皇帝」という、おそらく人類史上最大の肩書きを持っていた人物でさえ、肩書きに内面を染められることを恐れていました。
肩書きが大きくなるほど、意識的に距離を取ることが大切になるのかもしれません。
心の余裕を取り戻す具体的な方法については、こちらの記事も参考になります。
→ 心の余裕の作り方|余裕がない原因と「スラック」で心のゆとりを取り戻す方法
肩書きがなくなったとき、何が残る?
肩書きは、状況によって変わります。
- 転職すれば変わる
- 異動すれば変わる
- 退職すればなくなる
でも、「誰かの家族であること」「誰かの友人であること」は、そう簡単には変わりません。
パートナーにとってのあなたは、部長でもマネージャーでもなく、ただ一緒にいてくれる人です。
親にとってのあなたは、いくつになっても大切な子どもです。
そこには肩書きも、役職も必要ありません。
考えてみれば当然のことです。
でも、普段の生活の中では、つい忘れてしまいがちなことでもあります。
社会的な成功を追い求めること自体は、まったく悪いことではありません。
ただ、そればかりに目を向けていると、もっと大切なものを見落としてしまうことがあります。
誰かの大切な人であること。
誰かにとって、かけがえのない存在であること。
肩書きの外にいる自分こそが、本当の自分なのかもしれません。
それは、どんな肩書きよりも揺るがないものだと思います。
他人の評価ではなく、自分の中にある基準で生きる方法については、こちらの記事で詳しくお伝えしています。
→ 他人の評価を気にしない生き方とは?「内なるスコアカード」で自分軸を見つける方法
まとめ:肩書きを脱いだ先にある自分を大切にする
- 肩書きは「自分の一部」であって「自分のすべて」ではない
- 「できること」で塗り固めた自己肯定は、それがなくなった瞬間に崩れやすい
- 「肩書きが消える場所」(遊び・家族・ひとりの時間)を意識的に持つことが大切
- 肩書きは変わるけれど、誰かにとっての大切な存在であることは変わらない
仕事で疲れた日は、肩書きを玄関に置いて帰ってみるのもいいかもしれません。
きっと、そのほうが穏やかな夜を過ごせると思います。
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