減点方式の働き方に疲れたら

日本人の働き方は、減点方式だとよく言われますよね。
もちろんすべての職場がそうではないと思いますが、どこかで心当たりがある人は多いのではないでしょうか。

出来上がってくるものが100点である前提で、そこからどれだけミスがあるかを探していく。
そんな見られ方をしている気がします。

一方で、欧米は加点方式だと言われます。
「どんな工夫をしたか」「どんな成果があったか」を積み上げて評価する傾向があり、多少のミスは「チャレンジした証」として許容されるのだそうです。

こうして並べてみると、日本で挑戦する人が少なくなるのも、当然のことのように思えてきます。
そして、仕事を「楽しい」と感じにくくなるのも、無理のないことだと思います。

どんなに頑張っても、それが完璧であることが前提なので、褒められることはなく、ミスをすれば怒られたり、失望されたりするのが普通です。

それなら、「最初からあまり頑張らずに、言われた通りのことをやっておこう」「ミスしてたら直そう」くらいの気持ちになってしまうのも、無理はありませんよね。

頑張ることそのものより、頑張った結果ミスを責められるほうがずっとつらい。
だから、人は少しずつ自分の出力を下げていくのだと思います。

それは怠けているのではなくて、心を守るための抑制のような気がします。

人は、利得の喜びよりも損失の痛みを、強く感じると言われています。
行動経済学では「プロスペクト理論」と呼ばれているものです。

得たものより、失ったもののほうが、ずっと心に残る。
「100点だった」記憶よりも、「あのとき1点引かれた」記憶のほうが、長く尾を引く。

減点方式の中で生きていると、いつの間にか「失わないこと」ばかりに気を取られて、心が少しずつ削れていきます。

挑戦を選ぶより、ミスを避けることが上手になる。
新しいことを覚えるより、波風を立てないことが上手になる。

それは、自然な防衛だと思います。
減点方式の場所で疲れてしまったとき、自分を責める必要はないと思います。

「もっと頑張れたはずなのに」と、自分に苛立つこともあるかもしれません。
でも、それは弱さではなくて、その場所が自分に合っていない、という静かなサインなのかもしれません。

加点方式で評価される場所は、きっとどこかにあります。
今すぐ見つからなくても、「ここではない場所もあるのだ」と知っているだけで、少し心が軽くなることもあります。

完璧でいることに疲れたら、今日のミスをひとつだけ許してみませんか。

それは、あなたの価値を下げる出来事ではなく、明日も働き続けるための、小さな余白だと思います。

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