世の中での生きやすさと、自分の中の豊かさ
知識には、ふたつの種類があるように思っています。
ひとつは、世の中での生きやすさを増やしてくれる知識。
もうひとつは、自分の中の豊かさを増やしてくれる知識。
どちらも知識と呼ばれますが、その役割は大きく違うように感じます。
前者は、たとえば、人との関わり方、お金との付き合い方、世の中の動きの見方、自分の感情の扱い方。
ひとつひとつは別の分野の知識ですが、それらを組み合わせて世の中を読み解くための「処世の知識」と呼べるようなものです。
チャーリー・マンガーという、長年バークシャー・ハサウェイで投資家として活動してきた人がいます。
彼は「ワールドリー・ウィズダム(worldly wisdom)」、日本語にすれば「世間知」「処世の智慧」と呼べるものを大切にしていました。
マンガーは、彼が智慧(worldly wisdom)と呼んでいる取り組み方を、ビジネスにも人生にも応用している。彼は、幅広い分野(心理学、歴史、数学、物理学、哲学、生物学ほか)の異なるモデルを用いれば、人はそれらを組み合わせて総合的なアウトプットを生み出すことができ、それにはパーツ(知識や知恵)の寄せ集めよりも高い価値があると考えている。
ひとつの専門だけに頼るのではなく、いくつもの分野の考え方を持ち寄って、現実を立体的に読み解く。
人との関わり方が少しでも分かれば、誰かの不機嫌に振り回されにくくなる。
お金との付き合い方を知っていれば、漠然とした将来の不安が少しだけ軽くなる。
世の中の動きが見えていれば、目の前のニュースに過剰に揺さぶられずに済む。
自分の感情の扱い方を知っていれば、嫌な出来事を引きずらずにいられる。
このように、処世の知識は世の中での生きやすさを少しずつ増やしてくれるものだと思います。
そのため、処世の知識を学ぶことは、決して打算的なことではなくて、むしろ自分を守ることに近いのかもしれません。
ただ、それだけでは足りない、とも感じています。
世の中での生きやすさが増えたとしても、自分の中が空っぽのままなら、人生はどこか味気ないものになってしまうはずです。
そんなときに思い出したいのが、もうひとつの知識のことです。
好きな映画の、好きなセリフ。
何度も読み返した本の、ある一節。
お気に入りの曲の、好きなフレーズ。
旅先で出会った街の風景。
役には立たないかもしれない、自分の中に少しずつ溜まっていく知識。
「趣味の知識」と呼べるようなものでしょうか。
こちらの知識は、評価もされませんし、年収にもつながりません。
でも、自分の中の豊かさを、密かに増やしてくれます。
処世の知識は、世の中での生きやすさを増やしてくれる。
趣味の知識は、自分の中の豊かさを増やしてくれる。
向いている方向は違いますが、どちらも自分のために学ぶものという点では同じなのかもしれません。
「今日はどちらの知識を、自分の中に増やしてあげようか」
そう考えると、趣味へ没頭するのも悪くないですね。
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参考文献
チャーリー・マンガーの実践グレアム式バリュー投資
※Amazonのアソシエイトとして、当メディアは適格販売により収入を得ています。
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ふたつのレース
「がむしゃらに働き続ける人はラットレースをしている」
「投資でリスクをとりすぎる人はチキンレースをしている」なんて言われることがあります。
小さな体でちょこまかと走り回るネズミと、首を前後にせかせか動かしながら地面をつつくニワトリ。
どちらも忙しない動物の名前です。いつでもどこでも休んでいい
スマートフォンを開けば、すぐにメールを確認できる。
カフェに座れば、すぐに資料を作れる。
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いつでも、どこでも、働けてしまう。
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最近では、FIREという言葉が注目されていますよね。
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仕事を辞められたら、どんなに楽だろう。働かなくていい人生に、強く憧れていた時期があります。でも、よくよく考えてみると、私は働きたくないわけではなかったんですよね。
